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テクノロジーは、人間らしさをどう変えるのか?

人工臓器、埋め込み型マイクロチップ、AI。
テクノロジーの進化によって、道具は単なる補助手段ではなく人間の機能を拡張するまでに発展してきた。
人間は、進化し続ける道具を使いこなしていけるのか。
テクノロジーが人間の限界を超えるとき。
そのときの「人間らしさ」とは。

VOL.4

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抽象的な概念である「人間らしさ」を考えるには、テクノロジーと人間の関係性を見つめ直すことが端緒となる。なぜなら人は、道具を使うことで暮らしを豊かにし、道具の進化こそが人間の進化だったから。そして、道具の進化の過程は、そのまま身体機能の拡張だとも言える。THINK HUMAN EXHIBITIONにおいて、「人間らしさ」プロジェクトチームは身体の変容と人間らしさの相関性を考察し、未来へとつながる知見を提示することに挑んだ。

“身体”が変われば、“心”は変わっていく。

人間の身体とテクノロジーは、きっとどこまでも融合していく。だからこそ、「機能拡張された身体」から「人間らしさ」について考えるべきではないかと、今回のTHINK HUMAN EXHIBITIONでの展示企画はスタートした。「不死」「利便性」「環境適応」という3つの方向から機能拡張を考え、特に大きく取り上げたのは、人間のもっとも大きな欲望と言える「不死」だ。200年止まることのない人工心臓を埋め込んだ「死ねない身体」のディスプレイを監修した大阪医科大学胸部外科学教室の専門教授である根本慎太郎教授は、テクノロジーの補助によって、ただ“身体”に栄養を送り、呼吸させ、生かし続けることは、現代の医学でも可能だと言う。

「つまり死ねない身体をテクノロジーによって作り出す事は可能だと思います。ただし、それは機関として身体を生かすという意味です。生き存えるという目的を達するための組織としての『機関』ということです。一方で、代々受け継がれてきたDNAやさまざまな環境から影響を受けて醸成される、形のない人格や性格をテクノロジーで作り出すことはできません。そして、それらは死とともに無くなってしまうものです。むしろ、身体とはそれら形のない人格や性格が刻み込まれた人の歴史そのものの塊だと言えます。私は医師として、心臓が動いていても脳死によって意識なき状態となった身体を、生命体として維持し続けたいと願う家族と数々対峙してきました。そんな医師でもある私にとって『人間らしさ』とは、テクノロジーによって決して生み出すことのできない、形のない残像のようなものだと考えています」(根本)


人と人の間にある、人間らしさ。

トークセッションでは、東京大学広域科学専攻広域システム科学系教授であり、人工生命の研究を行っている池上高志教授、同じく東京大学先端科学技術研究センター教授で、人間拡張工学の専門家である稲見昌彦教授との対話を行った。

池上教授は、自らもメンバーの一人として企画したアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』(2018)を例に、人間らしさについて考えるキッカケを提示した。「オルタ」と名付けたアンドロイドを「指揮者」に据え、生身のオーケストラが演奏する、というこの企画で池上教授が一番苦心したのは、「音楽を始める」きっかけとなるアンドロイドの動きをどう作るか、だったという。
「指揮者」としてのアンドロイドの基本動作は、息づかいをするように上下するものだったが、池上教授が試みたのは、それを一定の周期ではなく「揺らぎ」のあるような運動を作ることだった。すると、オーケストラのメンバーたちはリハーサルを繰り返すうちにオルタに対する親しみを覚え、当初はクリッカー音を頼りに演奏していたものが、顔を上げてオルタを見ながら演奏するようにするようになったというのだ。
もちろん複雑なメトロノームのように「指揮」をするアルゴリズムは可能だが、「指揮者」そのものを作るアルゴリズム、つまり「人間らしさ」というアルゴリズムが存在するわけではない。“揺らぎ”を発生させるアルゴリズムによってもたらされた人間とアンドロイドの関係性こそが、「指揮者」というものを生成したとも言えるのだ。つまり、人と人の間に立ち上がる関係性のことを「人間らしさ」と呼ぶのではないか、それが池上教授の提起だった。

続いて稲見教授は、その“揺らぎ”こそが生命の本質であることに同意し、さらに自身の研究である身体拡張について説明する。稲見教授が慶應大と共に研究中の「メタリム」と名付けられた背中に取り付ける二本のロボットの手。足に装着するセンサーによって、阿修羅のように脇腹から生えたようなロボットの手を使うことができる。初めて動かしたほとんどすべての人が、思い通りに動かすことができると笑顔になるのだという。そこには「未来を考えることのできる」人間ならではの「昨日よりも明日のほうが素晴らしい」という進歩史観がある。テクノロジーによって「できなかったことができる」という感覚を提供するのが、エンジニアの役割であると研究者としての矜持を示してくれた。

池上教授、稲見教授二人に共通の考えは、「人間らしさ」は固定された概念ではなく、センサーである身体が変容すれば、当然、心も変わっていくというものだ。普遍的な心が身体の奥底に存在しているのではなく、心は身体に張り付いている。だからこそ今後の100年、身体の変容を促すテクノロジーと向き合い、考え続けることは、まさしく、人間らしさについて考え続けることに等しいのだ。
テクノロジーは日々進化していく。だからこそ、「人間らしさ」そして「命」について考えることをやめてはいけない。ヘルスケア領域を持つ化学会社としてできることは、そして帝人がこれからの100年、人があるべき未来への案内役となるためには、テクノロジーの進化に貢献しながら、「人間らしさ」の豊かさを考え続けることが求められるのだ。

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